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K*

  気の向くままにのんびりと

怪盗やってます

雑記

最近、ゲームにどハマりしてまして、それ以外のことが何も手につきません。現像出来上がってきてるのにな。

ペルソナ5 - PS4

ペルソナシリーズは4GとQしかやっていないのですが、4Gでハマり、アニメも見て、今か今かと5を楽しみにしてました。だから、もう、楽しくて楽しくて!

PlayStation 4 ジェット・ブラック 500GB(CUH-2000AB01)

PS3しか持ってなかったので、同時発売だったコレも買っちゃいました。楽天ポイントがかなり貯まってたので、それ使って。

薄いし音静かだし、急いでPS4買わずにいて良かった。

FF15がPS4とXBOXでの発売だったんで買うつもりなかったんですけど、今回買っちゃったのでFFも買うつもり。

でも発売日延期になっちゃいましたね。まぁ、仕方ないんだけど。

それまではペルソナと、他何かあるかなー。

キングダムハーツFF7のリメイクも早く出ないかな。

世羅高原農場 ダリア祭

PENTANX K-3II TAMRON 272E PENTAX K-01 HD PENTAX-DA 35mm/F2.8 Macro Limited

まだ五分咲きでしたが撮るには十分でした。

https://www.instagram.com/p/BKN4yNSDBfM/

K-3IIで撮ったのですが、Instagramにアップしたものを引っ張ってきてるんで真四角ですが。

こちら、新品種なんだそうです。名前募集してましたが、全く思いつかなかったのでスルー。なんて名前になるんだろう。

https://www.instagram.com/p/BKN4e83DI7U/なんだか丸っこくてかわいらしい形をしていました。色もいいね。

https://www.instagram.com/p/BKSIigNji1x/

ちょっとハイキーで。花の色や形でハイやローを使い分けるといいんだろうなって思うけど、なかなか難しいです。

https://www.instagram.com/p/BKN337Rj0Hb/

これも色がすごく好き。

https://www.instagram.com/p/BKSIQBDjtXO/

一番のお気に入りです。この色合いがすごく好み。白赤とか、黒赤とか黒ピンクとかの組み合わせ大好き。

 

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お昼に農場バーガーをいただきました。

夫がK-30にタクマー55mmをつけて撮ってましたが、どうもピント合わせがなかなかうまくできないようで、具の部分に合わせたはずがバンズのゴマに。あるよねー。

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盗撮。(笑)

ローライはモノクロで撮っています。現像に出してるので、出来上がりが楽しみだー。

この日は三脚も持ってがっつり撮ってきました。

カープが優勝した次の日だったからか、まだ五分咲きだからか、あまり人はいませんでしたが、昼過ぎから少し増え始めてました。でも8割くらいは中国人観光客っぽい人たちでした。わざわざここまで来るんだね〜。

ライカも持って行ってたのですが、寄れないから撮りにくく、4枚程度しか撮ってないです。やっぱり寄れないとキツいなってわけで、NOOKY買いましたよー。

 

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つけたところ。

しか撮ってなかったことに今気がついた。まいっか。

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斜めから。

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横から。

いやー、かっこいい気がしませんか。私はするんですが。

しばらくはこのエルマー5cmを極めようと思ってます。レンズ欲しかったんですけど、それよりも今あるやつを使わないと、と思いまして。そのためにはやっぱり寄れないと不便。

寄れるっていい、寄れるって正義!早く持って出かけたいよ。

 

子宮全摘出手術のこと④〜最後に〜

雑記

女性特有の疾患、最近は若い方でも多いと聞きます。

私もおかしいと感じたのは19歳の頃でした。

でもそれくらいの年齢って、産婦人科へ行くことが恥ずかしいと思ったり、行くことを躊躇してしまうと思います。でも、何かおかしいと思ったら、迷わず行くことをお勧めします。

私は病院へ通っていましたが、悪化する一方で子どもを諦めることになりました。あの時、病院では問題ないと言われたけど、でもおかしいのにと思いながら、放っておいたことを後悔しています。

おかしいと思ったら、病院を変えることも必要だと思います。

病院を選ぶのは患者の自由です。同じく、病院を変えるのも患者の自由です。

周りの理解や支えも、とても大切です。

特にパートナー。

これは本当、痛感しました。

夫と付き合う前の方は全く理解のない人でした。

セックスの際、角度によって痛いのです。すぐにやめてくれれば問題ないんですが、痛いまま続けてるとその後しばらく痛くて起きれません。ロキソニンを服用することもありました。

その時に言われた「つまらない」という言葉は、今でも忘れられません。

月経が始まり、痛みで動けないのに「一緒にいる意味がない」「一緒にいてもつまらない」と言われ悲しかった。そんなお前に付き合ってやってるんだから感謝しろ、とも。

そんな風に言われて、思われて、そこに愛なんてないですよね。そんな奴、すっぱり捨ててやりましょう。(私は2年半かかりましたけど…)

夫と付き合ってみて思いました。痛みやしんどさは理解できなくても、体を気遣う、思いやることはできるんだよな、って。

それってすごく大事。全然違ってくるんです。

今、私があるのも、夫含め、家族や同僚、友人の支えがあったからだと思っています。大げさでなく。

病気をするとしんどいです。ツライこともあります。でも支えてくれて、一緒に乗り越えていこうとしてくれる人がいて、だから落ち込んでも立ち上がることができています。そのことに、本当に感謝しています。

今回、書いてみようと思ったのは、これまでのことを吐き出したかったのと、もしも同じように悩んでいる人がいて、たまたまたどり着いた人の助けに少しでもなればいいと思ってのことです。

 

長くなりすぎてまとまりのない文章になってしまったと思いますが、それでもここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 

次回は今まで通り、写真更新できたらいいなと思います。

 

子宮全摘出手術のこと③〜手術から今日まで〜

雑記

午後2時くらいに手術室に入り、硬膜外麻酔(背骨から管を通す麻酔)の準備をしたのですが、これが痛い痛い。骨にゴリゴリっと何かが通ってくるんですが、痛くて跳ね上がりました。看護師さんにめちゃくちゃ押さえつけられてましたけど。もうそこからプチパニック(笑)ちょっと怖くなってしまったんですけど、看護師さんが優しく話しかけてくれて、落ち着きました。

それからは点滴に麻酔が注入され、腕がひやっとしたなと思ったらいつの間にか手術が終わっていました。目が覚める前、何か夢を見ていました。どんな夢だったか忘れましたが…そのせいか、ただ寝ていただけという感覚だったのか目が覚めた時自分がどこにいるのか一瞬、わかりませんでした。

先生に取った子宮見る?って声かけられて、なかなか開かない目をどうにか開けて見ると、筋腫はMRIで見たよりも大きく、子宮の三分の一はありました。あとはぼんやりしてほとんど覚えていないのですが、夫と、様子が気になるからと来てくれていた義両親が見たそうで、あそこまで悪くなってるとは思わなかったと聞かされました。

実は義母も内膜症と筋腫があり、筋腫が赤ちゃんの頭大の大きさにまでなり、子宮全摘出術を受けています。

その比ではなかったそうです。ってことは、相当だったんですよね。

手術は腹腔鏡でやりました。

通常2時間程度で終わるそうなんですが、腸だけじゃなく、膀胱や尿管とも癒着していたそうで、それを剥がすのにかなり手こずり4時間40分かかったとか。出血も多く、輸血は500ml使用したそうです。

あまりにも時間がかかっているから夫も義両親も心配にはなったみたいですが、何も呼ばれないってことは大丈夫だろう、と言う義父が一番落ち着きなかったそうです(笑)一番の心配性なんですよね。

手術が終わり目が覚めた時、体がとても寒く、その寒さがだんだん強くなっていき体が勝手にガタガタ震えていました。とにかく寒くて寒くて仕方なくて、熱めのお風呂に浸かりたいと思うほど。

手術の際、洗浄液(生理食塩水だと思う)を体に入れるから、内臓が冷えて一時的に寒くなると説明は受けていたのですが、これほど寒いなんて聞いてないよ、と思うくらいの寒さでした。

でも電気毛布を敷いてくれていて、毛布も掛けてくれてたので徐々に寒さは無くなりました。夫が頭に手を置いてくれた時に少し和いだんですが、不安もあったのかもしれません。

手術中、呼吸器?を喉に通すのですが、どうしてもそれを抜く時に喉が少し傷つくそうで、結構イガイガしてました。

実は全身麻酔をやったのは3回目なんです。もう10年くらい前になりますが、車に轢かれて鎖骨を骨折しまして、ボルトをはめる時と抜く時とで2回。ボルトをはめる時の術後がひどくて、結構傷が入ってしまったそうで咳は止まらないし痛いし血は出てくるし、肩は激痛だわでもう散々。ベッドで吐き散らかしました。あの時の看護師さんごめんね。

その時のことを思うと全然痛くない。でも初めてだと結構気持ち悪いかもしれませんね。

その日は痛みや違和感、熱が38度出たこともあってかなり体がしんどかったのですが、次の朝にはだいぶマシになっていました。

それでも喉はイガイガで時々咳が出そうになるんですが、できない。お腹痛くって。裂けるんじゃないかって本気で思いました。

痛みも強く、硬膜外麻酔で通してる管から定期的に痛み止めは流れてるんですけど、自分で押すこともでき、それを使用してようやくマシになるかな、くらいでした。

でもこの硬膜外麻酔、背中に管を通しているので寝返りを打ったりで抜けちゃったんです。仕方ないので1日早く取ったんですが、もうその後がしんどかった。ロキソニンが効かないから座薬を入れてもらったんですけど、効くような効かないような…

おしっこの管も通していたんですが、それも抜いて自分でトイレに行くようにした時もしんどかった。個室だったんでトイレはすぐ近くなのにその近くも結構ツラかったです。まだ管が通っているときは排便時だけだったので楽だったんですけどね。

歩行訓練をしましょうということで術後2日目でベッドから出る練習をしたんですが、このときは起き上がっただけで気分が悪くなり、血圧を測ると起き上がる前と比べて急激に下がっていました。

そもそもなぜか血圧が低いままで、上が60の時があったんです。ようやく安定してきたかなと思っても80行けばいい方でした。痛みも強いから余計にしんどくて、結局退院日になってもほとんど歩けず、退院は車椅子を借りました。

自宅に帰ってきてからは一階のリビングに布団を敷いてもらって過ごしてました。

起き上がるのも、寝転ぶのもちょっとコツがいりましたが、慣れると病院のベッドより楽でしたね。

痛みは日に日に良くなってきていて、8月に入る頃には痛み止めは必要なく、くしゃみや咳など腹筋を使うと痛いくらいでほんの少しなら出かけることもできるようになっていました。それでも長時間出かけると痛いことがありましたけど。

ちょうど術後1ヶ月が経った頃、そろそろ二階のラグに掃除機をかけたいなと思い、掃除機を使ったのがいけなかったのか、その次の日、何もしてないのに腹部に痛みがあり、トイレに行った際下着に血が付いているのを見つけて、焦りました。

出血を確認したのが夜だったため、次の日病院に行ったんですが、子宮摘出後は膣口を縫って閉じており、どうしてもそこがまだ完全にくっついていないから力を入れるとどうしても痛み、出血は糸の間から出ることがあるんだそうです。

しばらく安静にしていれば治ってくるから大丈夫だよと言われて安心しました。

まさか裂けたんじゃないかと気が気じゃなくって寝れませんでしたから。

でもそれからしばらくして、いつの間にかくしゃみしても痛むことがなくなっていました。人間の体って不思議ですね。

それから今日まで、傷口の糸がチクチク痛むときもありますが、もうごくごく普通の状態になってきています。

腹腔鏡手術は開腹に比べて痛みが少なく、体験談を聞くと退院日には痛みもほとんどなく普通に歩けたって人がほとんどなのに、なんでこんな痛いのと不安だったり、いつになったら痛みがなくなるのかとヤキモキしたりしましたけど、なんの問題もなく順調に回復してます。

 

次で最後です。

子宮全摘出手術のこと②〜子どもを諦めると決意するまで〜

雑記

広島へ来て、新しく病院を探すにあたり、夫と本当にたくさん話をしました。不妊治療を続けるのか、それとも病気の治療へ戻るのか。

病気の治療をすることになれば、もう子どもは望めない気がしていました。

本当にそれでいいのか。

ひとりくらい、子どもが欲しいと思うこともありました。

子どもがいない、そもそもまず妊娠しない、そのことで傷つくことはたくさんありました。

義両親、義姉、私の家族は体が第一だと言ってくれます。子どもがいてもいなくても問題じゃないと。義両親は娘が1人増えただけで十分だと言ってくれます。

義母は不妊治療に反対でした。検査に段階から体に負担がかかるし、精神的にもツライんだからと夫がかなり怒られたそうです。

でもなぜか、周りがそうじゃない。

友人、その他一部の親戚は、結婚したら子どもができて当然だと思っています。子どもを作らないという選択肢が理解できないのです。

妊娠した友人から毎日しつこく妊娠したか聞かれた時は頭がおかしくなりそうでした。まだ不妊治療もしていない時で、病気のため治療していることはもう何年も前から知っている友人だったのでびっくりしましたね。

友人に対して本気で殺意を抱いたのは初めてでした。その私の殺意が飛んでったのか、その友人は流産しました。お腹の中で死んでいたのだそうです。

そのことがあってから、妊娠すると友人たちは私から離れて行きました。呪い殺されるとでも思ったのでしょうか。そんなことないんですけど、そもそもそんな風に人を見ている時点で友人でもなんでもないので、なんだか清々しましたけど。でもやっぱり、なんでそんな風に思われないといけないのか、そんな風にされないといけないのか、悲しくて仕方ありませんでした。

これまで身体も、心も、痛い思いをしてきたのだから、そろそろ解放されたいと思うようになりました。それを強く願ったのは私ではなく、夫でした。

付き合ってから8年、半同棲だったので本当にもうずっと、ずっと見てきて、もういいだろうって。

今年に入って甲状腺亢進症、バセドウ病になり、あまりにも酷いため入院しました。この時に、子どもがいなくてよかったと思いました。もしもいたとして。3歳くらいと考えたら大変…もしかしたら1歳や2歳かもしれない。

子宮に病気を抱えて、甲状腺も病気になって、もう十分今まで頑張ってきたから、もういいよって言われてなんだか気持ちが楽になりました。

たくさん悩んで、摘出する決心をしました。2人で生きていこうと、決めました。子どもを諦めました。

決心するまで、約1年。その間にもやっぱり少し悪くなっていました。

近所の産婦人科に通っていたのですが、そこでは手術はできないからということで、バセドウ病で通っている市民病院に紹介状を書いてもらいました。

手術するにあたり、MRIを撮って診断してみないことには判断できないと言われ、MRIを撮ることになったんですが、午前は内分泌科に行っていたのもあり、1日病院で疲れていたため爆睡してました(笑)あのうるさい中、よく寝れたなと自分でも感心しますし、技師の方も珍しいことだと笑っていました。

このMRIで初めて筋腫があることもわかりました。そしておそらく、子宮と腸の間にも分厚いのがあると。

この日、先生には、本当に全摘出でいいのか、もう一度考えてみたらどうかと言われました。やはり卵巣はとても綺麗なんだそうです。全摘出でなくとも、一部だけを取って不妊治療をするということもできる、と。

でもそれはもう考えていないと話し、全摘出で話を進めました。

それから1ヶ月、自己血輸血のため病院へ通い、あっという間に手術の日を迎えました。あっという間すぎて、ほとんど実感がないまま手術を受けました。

 

続きます。

子宮全摘出手術のこと①〜病気がわかってから不妊治療まで〜

雑記

今回私が受けた手術のことや病気のことを覚えているうちに書こうと思います。いつもと違って写真もないですし、無駄に長いですがお付合いいただけると嬉しいです。

あまりにも長いので、分けます。

 

今回、手術を受けようと決意したのは、子宮内膜症、子宮腺筋症、子宮筋腫ができていたため、月経以外でも通常の生活を送るのが困難だったためです。

内膜症や筋腫は聞いたことがあると思いますが、腺筋症は割と最近知られるようになってきた病気で知らない方が多いと思います。ざっくり言いますと、筋腫のように子宮にできるのですが、筋腫と違って一つの大きな塊ではなく、内膜症が子宮の筋肉内に無数にできる病気です。(気になる方、ググると写真とか出てきますよ)

月経時は激痛です。

座薬のボルタレン、飲み薬のロキソニンを併用して、1時間してようやく効いてきたと思ったら3時間もするとまた激痛、といった具合に薬があまり効きませんでした。

あまりの痛みに家の廊下で気絶していたこともあります。

子宮が通常の4.5倍以上の大きさになっていたので、排便、排尿も困難になっていました。排便時は激痛、常に残尿感があり何度もトイレに行きたくなり、夜中も1時間に一回トイレに行ってました。

月経時は大量の痛み止めを使用するため、酷い胃炎にも悩まされていました。

さすがにそんな生活が数年続くと、嫌になってきます。

何か変だと違和感を覚えたのは19歳の頃、それでもまだ若いから婦人科へ行くなんて考えがなく、放置していたら20歳になる直前、突然の激痛で動けなくなり、しぶしぶ病院へ行ってみたところ、子宮内膜症と診断されました。それからずっと病院に通い、低容量ピルのルナベルや月経を止めるスプレキュアを使っていました。スプレキュアは半年間しか使うことができず、半年使ったらピルに切り替え、また半年経ったらスプレキュアを、と7年近く繰り返していました。

25歳くらいの頃には痛みが増してきて、仕事ができないこともしばしばだったので、正社員ではなくアルバイトで働いていました。それでも職場にとても恵まれていたんだと思います。同じような経験をされた先輩がいて、その方のご主人が店長だったこともあって、嫁を見てたから理解ができるとのことで具合の悪いときは休みをもらいやすかったです。同僚の方もそれぞれ持病があったりでお互い様、という感じで本当、働きやすかった。今でもその方たちとは付き合いがあり、地元に帰ったときは飲みに行ったりしています。ありがたいことです。

27歳の時、夫の横浜転勤が決まりついて行くことになったのですが、籍を入れる前だったこともあり、もうバタバタで…その頃、内膜症は見られないということで治療は終わっていました。でも激痛は相変わらずだったので疑問に思いつつも、神奈川行ってまた病院行けばいいやくらいに思っていました。

神奈川へ行って1ヶ月が経った頃、最後に病院に行ってからは3ヶ月、そろそろ近くで病院をと思っていたら、義母と義姉が調べてくれていて、そこなら何かあれば大学病院へ紹介してくれるだろうからというところへ行ってきました。

入籍して次の日でした。

内診が終わり、診察室で先生と向き合った時になんか先生の様子変だな?って思っていたら、「妊娠は無理かもしれない、詳しい検査をしないとわからないけど、おそらく子宮を摘出しなければいけない。大学病院を紹介するから、そちらで診てもらって、相談してみて」と言われました。でも全く理解できてませんでした。

他にも質問されたり説明を受けた気がするのですが、覚えていません。

家に帰って、夜だったか、習慣になってた昼休みの定時連絡の時だったか、忘れましたが、その話を夫にしました。唯一覚えてるのが、大丈夫か?気を確かに持てよって言われたなってことくらい。その時でも何が?って感じでした。頭のネジが数本飛んでっちゃってたんでしょうね。

それから一週間後、夫と一緒に紹介された北里大学病院へ。

その時初めて、子宮腺筋症と診断されました。

先生から説明を受け、そりゃ痛いはずだよーと納得しました。先生には、それまでの病院での診察は見てないからわからないけど、3ヶ月でここまで大きくなることはないと言われました。今までの先生は見落としてたのかな?この時で子宮の大きさは3倍の大きさでした。

その他に、両方の卵巣にかなり大きい内膜症もあり、このままだと卵管を圧迫してしまうと言われました。

子宮はおそらく、良くなることは見込めず、悪化しないようにするのが精一杯、完治には子宮を摘出しなければいけない、と。このことを理解するのに結構時間がかかって、何度も先生に同じ質問してました。でも先生は終始優しかったです。おおらかな方でよかった。

これがもしもう2人、3人子供を産んでるんだったら摘出手術を勧めるけど、まだ若いし、結婚したばかりだし、温存で行こうと先生に言われ、低容量ピルのルナベルを処方してもらいました。

この時の先生の説明では、スプレキュアはよく効くけど、それで良くならなかった場合、薬の効果が切れた時に一気に悪化することがあるんだそうです。だからもしかしたらそれまで7年、繰り返し使ってきたことでここまでなってしまったのではないかとのことでした。

これは人によるそうで、すべての人が皆そうなるというわけではないようなのですが、私の場合、それが強く出るのかもしれない、と。

なるほどなーと納得しつつも、通う病院を間違えたなと後悔しつつ、その後しばらくは泣いて過ごしていました。自分自身がツライというのもありましたが、夫や夫の両親、自分の両親など、申し訳ない気持ちにもなったりして。

その後は1年半ほど、ルナベルを続けていたら卵巣に子宮内膜症は見られなくなりました。それでもやっぱり腺筋症はなくなっておらず、現状維持。

それからは特に問題なく2年近く過ぎ、これなら大丈夫だろうと言われ、3ヶ月に1回だった診察が半年に1回で良くなったのですが、半年後に行ったら悪化していました。

この時に、3倍から4.5倍の大きさに。

いよいよ先生も摘出手術をしたほうがという感じだったのですが、その前に、不妊治療をやってみたいと思い、夫と相談し、先生とも話し合い、まずは不妊検査を受けることになりました。

何もしないままより、何かやってからのほうが後悔も少なく済むんじゃないかと思ったのです。

検査はとにかく痛かった…何が一番痛いって卵管にガスを流して音を聞くというのがあるんですが、膣から管を通され、子宮に違和感と痛みとあって、ガスを流され苦しく、倒されていた診察台を戻された時にガスが上に上に上がってきて気持ち悪くなって診察どころじゃなくなるし、フラフラするし、そのあとそのまま卵管造影に行ってまた膣から液体流されて圧迫感あるし、もうね、なんで女ってこんな面倒なんだって思いました。

男性は精液を詐取するだけだからいいよなーとかなんか勝手に夫に恨みを抱いたり(笑)でも男性は男性で嫌ですよね。

不妊検査は無事終わり、結果はお互い問題なし。卵巣はとても状態が良く、卵子も良好とのこと。それだけ見ればすぐに妊娠できるくらいだったのですが、やはり問題は私の子宮。4.5倍ということは受精卵が着床する内膜は圧迫されている状態で、着床しにくいためやはり妊娠が難しいのではないかと言われました。

それでもやれることをやろうとタイミング療法を始めたんですけど、半年ほど続けて、しんどくなりました。今回はどうだろうかと期待を持って過ごしても月経がきてしまい、夫といるときは平然としてられるんですが、一人になるとなんだか悲しくなってくるんです。

でもここまでやったら今度は、と思ってしまい、やめたいという気持ちもあるのに、やめるという決心がつかないまま、タイミング療法から次の段階へ行こうというときに、広島転勤が決まりました。

これはいいタイミングだったのかもしれないと、今では思います。

 

続きます。

紫陽花とひまわり-ローライフレックス-

ローライフレックスMX(3.5A)/Opton Tesser

入院前に撮って放置していたフィルム、ようやく現像しました。今回はプリントもしてもらいました。Lサイズだとちょっと小さい気がしたので、KGサイズに。やっぱりプリントされたのを見ると違うね。もっと大きいサイズでプリントしてもらいたいな。

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紫陽花撮りに行ったはずなのに入り口にあったのを入れて2枚しか撮ってないとか…なんてこった。来年こそはちゃんと撮ろう。

続いてひまわり。

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デジカメなんていらないよねってくらい綺麗。さすがローライ、さすが中判!おすすめだよ。ローライナー買えば寄って撮ることもできちゃうよ。なんて便利なんでしょ。

あー、ハッセルブラッド欲しい。バケペンもいいよね。ライカかMXを首からぶら下げて、バケペンをぶんぶん振り回すのも楽しいだろうな。さすがにもう一台なんて買えないけど。だって財布の口は固く閉じたから。多分。

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何がしたかったんだ?っていうのもある。撮った覚えがないんだよね。でもチャージしたはずなのにシャッターが切れない、ってことがあったから、当たって切れちゃったんだろうね。うわー、勿体無い…12枚しか撮れないのに。

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室内で撮るのは厳しい時もあるけど、いいのが撮れる時もあるかな。でもやっぱり外で撮りたいかな。

今度はモノクロフィルムを入れてます。どこで現像してもらおう。やっぱりトイラボさん?