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  気の向くままにのんびりと

子宮全摘出手術のこと①〜病気がわかってから不妊治療まで〜

今回私が受けた手術のことや病気のことを覚えているうちに書こうと思います。いつもと違って写真もないですし、無駄に長いですがお付合いいただけると嬉しいです。

あまりにも長いので、分けます。

 

今回、手術を受けようと決意したのは、子宮内膜症、子宮腺筋症、子宮筋腫ができていたため、月経以外でも通常の生活を送るのが困難だったためです。

内膜症や筋腫は聞いたことがあると思いますが、腺筋症は割と最近知られるようになってきた病気で知らない方が多いと思います。ざっくり言いますと、筋腫のように子宮にできるのですが、筋腫と違って一つの大きな塊ではなく、内膜症が子宮の筋肉内に無数にできる病気です。(気になる方、ググると写真とか出てきますよ)

月経時は激痛です。

座薬のボルタレン、飲み薬のロキソニンを併用して、1時間してようやく効いてきたと思ったら3時間もするとまた激痛、といった具合に薬があまり効きませんでした。

あまりの痛みに家の廊下で気絶していたこともあります。

子宮が通常の4.5倍以上の大きさになっていたので、排便、排尿も困難になっていました。排便時は激痛、常に残尿感があり何度もトイレに行きたくなり、夜中も1時間に一回トイレに行ってました。

月経時は大量の痛み止めを使用するため、酷い胃炎にも悩まされていました。

さすがにそんな生活が数年続くと、嫌になってきます。

何か変だと違和感を覚えたのは19歳の頃、それでもまだ若いから婦人科へ行くなんて考えがなく、放置していたら20歳になる直前、突然の激痛で動けなくなり、しぶしぶ病院へ行ってみたところ、子宮内膜症と診断されました。それからずっと病院に通い、低容量ピルのルナベルや月経を止めるスプレキュアを使っていました。スプレキュアは半年間しか使うことができず、半年使ったらピルに切り替え、また半年経ったらスプレキュアを、と7年近く繰り返していました。

25歳くらいの頃には痛みが増してきて、仕事ができないこともしばしばだったので、正社員ではなくアルバイトで働いていました。それでも職場にとても恵まれていたんだと思います。同じような経験をされた先輩がいて、その方のご主人が店長だったこともあって、嫁を見てたから理解ができるとのことで具合の悪いときは休みをもらいやすかったです。同僚の方もそれぞれ持病があったりでお互い様、という感じで本当、働きやすかった。今でもその方たちとは付き合いがあり、地元に帰ったときは飲みに行ったりしています。ありがたいことです。

27歳の時、夫の横浜転勤が決まりついて行くことになったのですが、籍を入れる前だったこともあり、もうバタバタで…その頃、内膜症は見られないということで治療は終わっていました。でも激痛は相変わらずだったので疑問に思いつつも、神奈川行ってまた病院行けばいいやくらいに思っていました。

神奈川へ行って1ヶ月が経った頃、最後に病院に行ってからは3ヶ月、そろそろ近くで病院をと思っていたら、義母と義姉が調べてくれていて、そこなら何かあれば大学病院へ紹介してくれるだろうからというところへ行ってきました。

入籍して次の日でした。

内診が終わり、診察室で先生と向き合った時になんか先生の様子変だな?って思っていたら、「妊娠は無理かもしれない、詳しい検査をしないとわからないけど、おそらく子宮を摘出しなければいけない。大学病院を紹介するから、そちらで診てもらって、相談してみて」と言われました。でも全く理解できてませんでした。

他にも質問されたり説明を受けた気がするのですが、覚えていません。

家に帰って、夜だったか、習慣になってた昼休みの定時連絡の時だったか、忘れましたが、その話を夫にしました。唯一覚えてるのが、大丈夫か?気を確かに持てよって言われたなってことくらい。その時でも何が?って感じでした。頭のネジが数本飛んでっちゃってたんでしょうね。

それから一週間後、夫と一緒に紹介された北里大学病院へ。

その時初めて、子宮腺筋症と診断されました。

先生から説明を受け、そりゃ痛いはずだよーと納得しました。先生には、それまでの病院での診察は見てないからわからないけど、3ヶ月でここまで大きくなることはないと言われました。今までの先生は見落としてたのかな?この時で子宮の大きさは3倍の大きさでした。

その他に、両方の卵巣にかなり大きい内膜症もあり、このままだと卵管を圧迫してしまうと言われました。

子宮はおそらく、良くなることは見込めず、悪化しないようにするのが精一杯、完治には子宮を摘出しなければいけない、と。このことを理解するのに結構時間がかかって、何度も先生に同じ質問してました。でも先生は終始優しかったです。おおらかな方でよかった。

これがもしもう2人、3人子供を産んでるんだったら摘出手術を勧めるけど、まだ若いし、結婚したばかりだし、温存で行こうと先生に言われ、低容量ピルのルナベルを処方してもらいました。

この時の先生の説明では、スプレキュアはよく効くけど、それで良くならなかった場合、薬の効果が切れた時に一気に悪化することがあるんだそうです。だからもしかしたらそれまで7年、繰り返し使ってきたことでここまでなってしまったのではないかとのことでした。

これは人によるそうで、すべての人が皆そうなるというわけではないようなのですが、私の場合、それが強く出るのかもしれない、と。

なるほどなーと納得しつつも、通う病院を間違えたなと後悔しつつ、その後しばらくは泣いて過ごしていました。自分自身がツライというのもありましたが、夫や夫の両親、自分の両親など、申し訳ない気持ちにもなったりして。

その後は1年半ほど、ルナベルを続けていたら卵巣に子宮内膜症は見られなくなりました。それでもやっぱり腺筋症はなくなっておらず、現状維持。

それからは特に問題なく2年近く過ぎ、これなら大丈夫だろうと言われ、3ヶ月に1回だった診察が半年に1回で良くなったのですが、半年後に行ったら悪化していました。

この時に、3倍から4.5倍の大きさに。

いよいよ先生も摘出手術をしたほうがという感じだったのですが、その前に、不妊治療をやってみたいと思い、夫と相談し、先生とも話し合い、まずは不妊検査を受けることになりました。

何もしないままより、何かやってからのほうが後悔も少なく済むんじゃないかと思ったのです。

検査はとにかく痛かった…何が一番痛いって卵管にガスを流して音を聞くというのがあるんですが、膣から管を通され、子宮に違和感と痛みとあって、ガスを流され苦しく、倒されていた診察台を戻された時にガスが上に上に上がってきて気持ち悪くなって診察どころじゃなくなるし、フラフラするし、そのあとそのまま卵管造影に行ってまた膣から液体流されて圧迫感あるし、もうね、なんで女ってこんな面倒なんだって思いました。

男性は精液を詐取するだけだからいいよなーとかなんか勝手に夫に恨みを抱いたり(笑)でも男性は男性で嫌ですよね。

不妊検査は無事終わり、結果はお互い問題なし。卵巣はとても状態が良く、卵子も良好とのこと。それだけ見ればすぐに妊娠できるくらいだったのですが、やはり問題は私の子宮。4.5倍ということは受精卵が着床する内膜は圧迫されている状態で、着床しにくいためやはり妊娠が難しいのではないかと言われました。

それでもやれることをやろうとタイミング療法を始めたんですけど、半年ほど続けて、しんどくなりました。今回はどうだろうかと期待を持って過ごしても月経がきてしまい、夫といるときは平然としてられるんですが、一人になるとなんだか悲しくなってくるんです。

でもここまでやったら今度は、と思ってしまい、やめたいという気持ちもあるのに、やめるという決心がつかないまま、タイミング療法から次の段階へ行こうというときに、広島転勤が決まりました。

これはいいタイミングだったのかもしれないと、今では思います。

 

続きます。