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K*

  気の向くままにのんびりと

子宮全摘出手術のこと②〜子どもを諦めると決意するまで〜

広島へ来て、新しく病院を探すにあたり、夫と本当にたくさん話をしました。不妊治療を続けるのか、それとも病気の治療へ戻るのか。

病気の治療をすることになれば、もう子どもは望めない気がしていました。

本当にそれでいいのか。

ひとりくらい、子どもが欲しいと思うこともありました。

子どもがいない、そもそもまず妊娠しない、そのことで傷つくことはたくさんありました。

義両親、義姉、私の家族は体が第一だと言ってくれます。子どもがいてもいなくても問題じゃないと。義両親は娘が1人増えただけで十分だと言ってくれます。

義母は不妊治療に反対でした。検査に段階から体に負担がかかるし、精神的にもツライんだからと夫がかなり怒られたそうです。

でもなぜか、周りがそうじゃない。

友人、その他一部の親戚は、結婚したら子どもができて当然だと思っています。子どもを作らないという選択肢が理解できないのです。

妊娠した友人から毎日しつこく妊娠したか聞かれた時は頭がおかしくなりそうでした。まだ不妊治療もしていない時で、病気のため治療していることはもう何年も前から知っている友人だったのでびっくりしましたね。

友人に対して本気で殺意を抱いたのは初めてでした。その私の殺意が飛んでったのか、その友人は流産しました。お腹の中で死んでいたのだそうです。

そのことがあってから、妊娠すると友人たちは私から離れて行きました。呪い殺されるとでも思ったのでしょうか。そんなことないんですけど、そもそもそんな風に人を見ている時点で友人でもなんでもないので、なんだか清々しましたけど。でもやっぱり、なんでそんな風に思われないといけないのか、そんな風にされないといけないのか、悲しくて仕方ありませんでした。

これまで身体も、心も、痛い思いをしてきたのだから、そろそろ解放されたいと思うようになりました。それを強く願ったのは私ではなく、夫でした。

付き合ってから8年、半同棲だったので本当にもうずっと、ずっと見てきて、もういいだろうって。

今年に入って甲状腺亢進症、バセドウ病になり、あまりにも酷いため入院しました。この時に、子どもがいなくてよかったと思いました。もしもいたとして。3歳くらいと考えたら大変…もしかしたら1歳や2歳かもしれない。

子宮に病気を抱えて、甲状腺も病気になって、もう十分今まで頑張ってきたから、もういいよって言われてなんだか気持ちが楽になりました。

たくさん悩んで、摘出する決心をしました。2人で生きていこうと、決めました。子どもを諦めました。

決心するまで、約1年。その間にもやっぱり少し悪くなっていました。

近所の産婦人科に通っていたのですが、そこでは手術はできないからということで、バセドウ病で通っている市民病院に紹介状を書いてもらいました。

手術するにあたり、MRIを撮って診断してみないことには判断できないと言われ、MRIを撮ることになったんですが、午前は内分泌科に行っていたのもあり、1日病院で疲れていたため爆睡してました(笑)あのうるさい中、よく寝れたなと自分でも感心しますし、技師の方も珍しいことだと笑っていました。

このMRIで初めて筋腫があることもわかりました。そしておそらく、子宮と腸の間にも分厚いのがあると。

この日、先生には、本当に全摘出でいいのか、もう一度考えてみたらどうかと言われました。やはり卵巣はとても綺麗なんだそうです。全摘出でなくとも、一部だけを取って不妊治療をするということもできる、と。

でもそれはもう考えていないと話し、全摘出で話を進めました。

それから1ヶ月、自己血輸血のため病院へ通い、あっという間に手術の日を迎えました。あっという間すぎて、ほとんど実感がないまま手術を受けました。

 

続きます。